想い断つ

あらゆるものがここへ来る。

想いを断つ、だれかの思い出が染みついたものを手離す。銭が理由か、ゴミか、おわりへ向けて歩むのか。わたしは払う人。想いを払い、銭という呪具を利用して、人間とものとの繋がりを断絶せしめるもの。いともかんたんに。

泪を溜めた老婆のそれはカシミアだった。或いはワニ革、或いはなんだったか。何れにせよ、老婆は泪を溜め、わたしを見た。ああ、その目に見覚えがあるぞ。いつか、だれか、のために。なによりわたしのために。なにもかも捨てられない、思い出に拘束されたものが宿す泪。

握った手は離さない。蛸足のように血脈を唸らせ、一度結ばれた族を監禁せしめる、所有の手八本。関係を永続的に結び続けようとする強欲で哀しい人間の性。四十本の指は四十人を愛撫しつづける。

死にゃあ化ける生きた屍。手にする屍、抱いて飛ぶ空はさぞ哀しかろう。思い出す、愛の呪い。鈍(のろ)い身体、夢のなかで。もがくも鈍(にぶ)く、銃弾でさえ、止まってみえる、あの鈍い世界で。老婆は死に切れない。

聡明さを欠いた狐、のような瞳に。身体の限界を超えた人間の欲望が哀しみのあまり穂を垂れるのをわたしはみた。愛の呪い。愛の重力はシーレのように身体を骨ばらせ、身体を磔にする。十字架に打たれた釘、縛められた縄は、記録でない記憶において捏造されたキャンバス。

この哀れなるものに信仰を。重い出を明け渡すトロール人形を。どうかどうか慰めを。炎に焚べられるまえに。身体をすっからかんにできる魔法の言葉が般若心経であったなら!

匂い


香ばしい あまりに 手にしたコロンは

手に余る ものでした

香りが 心に染みつくのでした

はなをさすたび 蜂のごとく

思い出すのでした

香りが、香りが、香りが

まとまりをもたらすのでした

ある瞬間を束で届けるのでした

不意打ち されたように

竦むわたしがいるのでした

あるときはクレイの匂いでした

あるときはダウニーの匂いでした

あるときはアベリアの匂いでした

なにを思い出しているのか

わからないのでした

ただ涙がながれるのでした

わからないのにわかるのでした

わたしは わたしは わたしは

ただ涙をながすのでした

ふと、ふと、ふと

ふとした拍子に

不意打ちを食らうのでした

そして、わたしは竦むのでした



語りえぬもの

一昨日か。それより前か、チャリでアメ村へ行ったのだが、どこへチャリを止めたのかさっぱり思い出せなかった。よくあることなのだが、御堂筋沿いなだけに苦労した。交差点のどちら側へ止めたのかも定かではなかった。しばらく歩き、信号で止まりというのを繰り返した。大荷物を抱え、右往左往する。そう言えば、唄なんかうたってたな。うたうと忘れてしまうものだ。

一人でいるとき、歌をつくる癖がある。残そうと思って書き留めると失敗するので好き勝手歌わせている。遺すとなると、言葉に詰まる。それは録っても同じことで、不自然になる。『だれかに見られる』という感覚は不快なものだ。たとえ一人であっても。暗闇でさえ既視感に襲われる。既視感の前では粒子でさえ、波になるのを止める。

『メンチきったやろ」と言って喧嘩する人もいるくらいだ。視線の力は筋肉すら貫通する。不必要なトレーニングで身体を鍛える人間も、視線の力あってこそ、身体を鍛えるのだろう。西洋人はそれをよく理解しているのか、サングラスをよくつける。

目(見られる)=邪という図式は様々な文化に共通している。目は強烈な力の象徴なのだろう。花嫁のヴェールもムスリムヒジャブも目の力から人間を守るために生まれたものなのだろうが、そこから派生してこう言うことも可能だろう。目=所有するものである。目は捕らえた獲物を想像の世界へと送り込む。いわば、その世界は他人が犯せる世界でも本人が犯せる世界でもない。捕えられたものは、その世界で好き勝手にされるのだ。

しかし、見つめれば見つめるほど、他人はどうしようもないほど、赤裸々な顔を持っている。その人間もまた目を保有している。自分と同じように他人の世界のなかで別の私が生まれている。恐ろしいことではあるが、そんなに恐ろしくともない。きみよ、わたしを勝手に格子へいれるがよい。格子のなかのわたしはわたしではない。わたしときみから生まれた(わたし)である。 ああ、この世界には一体何人の『わたし』がいるのだろう。きみとわたしはダンスしているのだろうな。いやいやであれなんであれハレルヤ!

わたしは語りえぬものに言葉を紡ぐために生まれてきた。わたしは語りえぬものと不和を和平をもたらすために生まれてきた。日々、増殖し、消滅するわたし。日々同一性すら保証できない、このわたしもまた、刻々とわたしでなくなる。わたしの同一性は一人称によって担保されている。

髪の毛、垢、胃の消化物、日々黒ずむ肺。痛む右膝でさえ。

払いたい病

久しぶりにかつての友達と飲みに行くこととなった。奇跡的に予定が合った。飲み会で五千円減るとする、五千円でなにができるかを考えてしまう。

まずキキちゃんとランチできるだろうし、何か買ってあげられるだろう。この飲みにそれだけの価値があるのだろうか、ないだろう。会話しても別に楽しくともないのだ。ぼくはひたすらご飯を食べたい。

ひとえにご飯へ行く理由はご飯が食べたいだけなのかもしれない。まあいいや、そんなことは。

久しぶりに貧乏な日々を送っていたので、気が参ってるのかもしれない。来月には気も変わっているかもしれない。ここ一ヶ月キキちゃんには飯を奢ってもらいっぱなしなのだ。頭もおかしくなる。男が払う必要はまるでないけど、ぼくは出来るだけお金を払いたい。好きな人間とご飯へ行くときは出来るだけ全て払いたい。それができなくなると、リズムが乱れる。銀行になりたいし、財布的な一面も持ちたい。

お金を持ちたくはない。お金を払いたい。ほらほらほらほらほらほら払いたい!払いたい!前世はきっと霊媒師に違いない。資本主義に生まれたからお金を払いたいに違いない。間違えて守護霊まで払ってしまったのだ彼女は。だからぼくは預金に怯えるのだ。はやく払いたい!滞納してる金を!払いたい払いたい!

払いたい病が一時的に失効したら、次はしっかりと始めた物語を終わらせるように頑張ろうと思います。ああなにせ色々と多いんですなあ。今は装いにグッと視点が集中しすぎている。なにせ一ヶ月も買っていないんですからな。装いほど簡単に構築できる想像はないのである。

NZ 第1章 ブレンナム

ブレンナムでヒーコとビールを飲んでいた。ヒーコは二十歳かそこらなのに老けて見えた。夜の街はただただ冷え、ひたすらに寒かった。なのに外でビールを飲んでいた。夜の広場で仕事の愚痴を言い合った。ヒーコは一週間後にクビにされるかもしれないと笑っていた。どうやらボスの求める作業能率をヒーコは果たせていないらしかった。『だれもあいつの求めるスピードで仕事なんかできてない。まだ仕事始めて一週間も経ってないのに、あいつ頭おかしい』隣のオランダ人がうなずいたを

ヒーコとはウェリントンのゲストハウスで会った。ヒーコは12歳の頃から煙草を吸っているらしかった。豆腐が好きらしい。やたらファックと言うわりに几帳面で優しかった。

「thanks 」と言われれば「no worries」と返してまうのは、ヒーコの影響だろう。

冬の野良仕事を探すことほど大変なことはいだろう。真冬にニュージーランドへ来たことを幾度も後悔した。まあでも、なんとかぼくはブドウの木の剪定の仕事にありついた。彼は彼で剪定された枝をワイヤーにくくりつける仕事にありついた。

というわけで農場こそ異なるが、ぼくらはブレンナムで再会した。ダンボール二箱を買い込んで、全部キルするぜとか言いながら飲んだ。ぼくは四本しか飲まなかったが、ヒーコとオランダ人はそのあいだに一箱開けていた。

その日の夜、ヒーコのゲストハウスへ遊びに行った。ブロンドの男が夜中だというにシリアルを食べていた。ヒーコはドイツ語でその男に挨拶をしたあと、ぼくらに謝った。ぼくがオランダ人にドイツ語話せる?と笑いながら聞いていたのを、ヒーコは聞いていたに違いない。

このオランダ人は相変わらず何を話しているのかわからなかった。寝癖がすごいし、クマもすごい。「おまえはもっと頑張らないとすぐにクビになるよ!」とヒーコが諭すと、オランダ人は深刻な顔になって、たぶん、『I know』と言った。ヒーコ曰く、彼はサボり癖がすごいらしく、みんながセコセコ働いてるあいだに、寝たりしているらしい。ぼくが「おまえのスタイル最高やん!」と言うと親指を立てていた。

「きみはカートコバーンに似てるね!ニルヴァーナの。もしかして、フランス人?」とシリアルを食っているドイツ人に話かけると、ヒーコとオランダ人は爆笑した。しかし、張本人である彼は顔を赤く染めて「take a guess」と言った。ついぼくは吹き出してしまった。その仕草がまるでコマーシャルのように見えたのだ。

「冗談だよ!冗談!っていうか、英語の発音めちゃくちゃうまいね。まるでネイティブレベル!」とつい言ってしまうと、そいつが滔々と外国語を覚えるためにはどうあるべきかみたいなことを述べ始めたので、オランダ人は眠たいから部屋に帰ると言った。

「おまえはドイツ人と話すためにニュージーランドまで来たのか」とそいつが皮肉を交えて言いだしたので、「パーフェクトイングリッシュなんかどうでもいい。おれは羊たちのボスになるためにここへ来た」と返すと、ヒーコがまた笑って「そういえば、ドイツへ帰ったら何をするんだ?」と英語で聞いた。

もうすぐ彼はドイツへ帰るらしかった。心理学を勉強すると彼は言った。「ソウシ、フロイトって知ってる?あいつ頭おかしいよな?」「いや、おれは好きやけど。っていうか、彼の本よく読んでたな」

『サーカスティック』という形容詞はぼくがニュージーランドへ行って初めて与えられた形容詞だった。その後も『shy』『afganistan』『stupid』『philosopher』youの後ろにいっぱいついた。

このとき、ぼくは『philosopher』という称号を手に入れた。心なしか、シリアルも尊敬の眼差しをぼくに注ぐようになっていた。シリアルは心理学を応用して大衆の心を煽るようなマーケティングを学びたいらしい。このとき、ヒーコがキレた。「ごめん、今からドイツ語で話す」ヒーコは焚き火のように話し始めた。

しばらくすると、シリアルが凹みだした。ヒーコは彼になんと言ったのだろう。想像だけど、ナチスの話をしたに違いない。二度目に飲んだときも、キム(後に紹介する)とフィリピン人(自称金持ち)が大げんかした際にナチスの話をしていた。

ヒーコは顔がおっさんであるわりに未だ二十歳で、理系らしく、機械のこと以外はわからないらしいが、妙に説得力があった。諭すというよりも、優しさのあまりに言葉を紡ぐような人間だった。シリアルはぼくより年上だったと思うが、ヒーコの話をよく聞いて考え直すよと英語で呟いた。

朝方、ぼくはゲストハウスへ戻った。このゲストハウスで、ぼくはシャイボーイと呼ばれてたに違いない。誰とも話さず本を読み、呑みの誘いも断っていたからだ。唯一仲良くしてくれたイタリア人のマルコはヤクザみたいなジャージを羽織って、レッチリを爆音で聴きながら剪定の仕事をしていた。『by the wayじゃん!レッチリ好きなん?』と訊くと『だれやそれ』と返したきたのは未だに覚えている。

ぼくは総じてシャイだった。あんまり人と話したくなかった。西洋に憧れたマレーシア人の哀れな奴はいつもぼくを見下すような目で見ていた。こいつがいたから、ぼくはシャイになった。あとはワークキャップを被ったドイツ人がストレスだった。何はともあれ、農場のボス、マイクはイケズな奴だった。

研修期間後、ぼくはクビになった。ヒーコにメールすると「おれはなんとか大丈夫そう!この前のオランダ人覚えてる?あいつはやっぱりクビになったよhaha」その二日後、ヒーコから「クビになった」との連絡が来た。そのとき、ぼくはケニヤ人のキムと外で暮らしていた。

ほしぼし 煌り

ほしぼし ひかり ぼちぼち 終わり

月なき夜 鳴く 星のまたたき

チカチカ ドン チカチカ ドン チカチカ ドン

あれはなんの星か あかく 煌る あの星は

あれは星か 星ではないのか

月なき夜 またたく 星鳴く

チカチカ ドン チカチカ ドン チカチカ ドン

焚き火の匂いを纏う 黒き人

肉汁したらせ、白い歯むき出し

拾ったダイヤを 火にかざす

ほしぼし ひかり ぼちぼち おわり

焚き火 消し 散らばる 木屑

あかく 灯る

土に咲く 火の花

チカチカ チカチカ チカチカ

カチカチ 煌って ぼちぼち 終わり

元旦の詩

クソ癖になるこの味

おれ 食らう イノシシの脚

リブに噛みつく 歯茎の赤さ

童貞のように 野蛮でピュア

クソ癖になるこの味

涎降らし 雨舞わす風と

踊るピュシス 吹き出す 千の帳

揺りかごから墓場まで

地鳴り クライシス

空走る 雷 掌の皺 刻み

クソ垂らし メクラだまし 声枯らし

そして 木枯らし まで

明朝体を 酷使 黒ずむ まで

お手する 犬 抱き

愛ゆえ ころし 卸した牙で

愛の死を 愛の詩を 哀の詩を

I の 詩を

涙流るなら 満ちるまで 月 欠く先

蜘蛛の糸 で飛ぶ 詩

I 充たす 愛から 溢れる藍を

空に流せど 雲ひとつ 今ひとつ 足らず

そして そして 夜が染まるのを

ベランダから みてた