新開地の乱

新開地に行って来たキキちゃん69点。おれ79点。新開地の思い出終わり。 神戸にてん?これは、、ベビー用品専門店である。メタファーなのだろうか。あまりに直接的な表現すぎて理解に苦しむ。つまり、子供の動きさながらマネキンに躍動感を与えようとした結果…

剥製だらけの博物館

岸和田に行って来た。もう一度行ってみたい場所があったが、そういう場所こそ二度と行かないだろうこともあるだろう。生きている限りその可能性は潰えないだろうが、そんなことはどうでもいいか。岸和田の自然資料博物館なんとかの剥製の群れにはビビった。…

他人の世界についてとやかく言えるほど皮膚の壁は薄くないぞ

ぼくは人を信じないし、基本的には話したくもない。友の輪が狭いと言われようが興味のない人と話す必要はまったくないように思う。だから輪を広げようとし続けるSNSを具体化させたような人間の主張はつらく、そういう人に限ってお節介だから一度絡むとめんど…

ゴッドファーザー

街行く一匹の子猫でさえ打ち殴りたいような気持ちと未だ日のないときに吹く黒く淀みのない風がかしらを流れる。身体が緩やかに痒みを帯び、熱はなく、我慢と暴発の狭間を這う。一日について顧みれば長く、あらゆる憤りが一片に間歇的に涌いてくる。それはも…

さざなみのように人が回収されていく

日を跨いだらしい。颯爽と年をまた一つとった。てんで一年の長さがよくわからない。昨日でさえ、はるか昔に感じられる。最近はレヴィナスを読んでいる。白川静を読んでいる。宮沢賢治を読んでいる。はい、自己紹介終わり。26歳の一年目は夜更かしから始まる…

けりとか使いたい

時が鉛のように重い。一日がどうしようもなく軽く、どうしようもなく重い。短針と長針の間に挟まれて、秒針の音せせこましく心臓のように脈打ちぬ。時は鳩時計のごとく、丁度を祝い、また狂ったように忘れけり。古文は苦手だった。高校一年生のおりに挫折し…

わたしの祖先はパパランギ

わたしの祖先はパパランギ おまえの祖先は何者か 絵の具が何重にも重なって土のような色になっていた。絵の中央部にチョークの落書きのような顔が書かれいたような気もするし、輪郭だけが浮かんでいたような気もする。しっかりと憶えていそうなのはわたしの…

灰汁の抜けた文字

ここに書くということは少なからずキーボードを打った、もしくは打っているわけだ。ウェブでは文字が勝手に設定した字体に変化し、本来それぞれである文字が均されている。それぞれのとはつまり、紙に手で書いた文字ということである。実際にウェブ上の明朝…

改行的な脱出

あんがいた易く一日が終わった。数か月ぶりに洗濯した。いつもキキちゃんが勝手にやってくれてたから自分で洗ったり干したりするのは不思議な気もち。一日が終わってゆっくりと一日が終わっていくいまは、なにか話したい気持ち。きのうあれだけ悩んでいたこ…

グザヴィエ ドラン

言葉、会話が限界を迎えた、そんな一日があった。よくある。大勢とはなすときと一人とはなすとき、なにかしら異なる。人は一人としか実際には話すことができない。もどかしいが事実だ。一対一以外、人間はコミュニケーションをとれない。大勢の場合にはまず…

母子草

名の由来は諸説あるらしい。とりわけ有名らしいのが、茎や葉を白い綿で包んでいる様子から母が子を包んでいる様子だと偲んで母子草と命名された、というのがある。ほんと諸説ある。中には起源を遡れば、ホウコ草だったとか、這子草だったとか色々とあるらし…

日記1

キキちゃんは体調がすぐれない。心に鉛の入ったような気持ちがするらしい。 ぼくとキキちゃんは何かしらよくない雲行きを察知していたにもかかわらず、会話を続けていた。会話、それはついぞ会話ではなかった。さかなの小骨が詰まったような不快感がぼくらを…

詩、有限性への憎しみ、輪郭を伴って

どうしようもない、やるせのないもの、それだけが詩を生むのではないか。受けとめきれぬものを有限な身体で受けとめ、失語し、それでも生みだされる言葉が詩なのではないか。やるせのなさを憎しみ、憎しみきれぬ憎しみを我に抱き、寄る辺を跳ねのけ、語ろう…