颱風とどんぐり

‪颱風とどんぐり‬

‪本がまともに開けなくなってしばらく経つ。書くことも特になくなってしばらく経つ。まるまると退屈は肥えていく。隙間に挟まる退屈に負けてタバコを吸う癖がある。いたずらに増えていく吸い殻の数が、敗北の記録である。‬

‪灰皿を綺麗にしてもいつの間にか底が見えなくなる。こんもりした吸い殻を見ると驚くことがある。爪が伸びていることに気づいて驚くような感覚、飽き飽きとしてしまうような感覚。‬

‪颱風が来ている。明日の朝には過ぎている。颱風は一夜かけて大阪を過ぎる。宵のお供は行きずりの恋人、颱風18号。‬

‪雨は未だ降っていないのだろうか。外から激しく心地よい風が吹いている。ベランダに出ることにした。それが今、ぼくは颱風を浴びている。‬

‪雨は未だ降っていない。隣の家からはコトコト、かちゃちゃ、家事の音が聞こえる。洗濯機が小便を漏らしている。迎えのベランダで刺青の入ったおやっさんが寒風摩擦をしてからピシャッと扉を閉めた。‬

‪颱風が過ぎれば太陽も多少は陰気に傾くのだろうか。いずれは暮れるものと知りながら未だに暑い日差しに嫌気が差していた昨今からすれば、この心地よい肌寒さは美しい。‬

‪なんとなくレザーを羽織ってみた。ズボンは履いていない。別に寒くなくなった。真冬だったらきっと寒いに違いない。しかしながら、ぼくからすれば来るはずの冬が本当に来るのか、本当に来ていたのかと疑問に思う。‬

‪こんなに暑い日があって、ある日にはすごく冷える冬が来る。徐々に季節は秋めき、やがて冬めく。ぼくはそれを想像できないのだ。所詮、妄想の産物なのだ。季節の機微が過ぎればあったのかどうかさえ不確かで、万年箪笥の奥に押し込まれた靴下のようにどこかへ消えてしまう。‬

‪植物は紅葉を迎えるものは迎え、迎えないものは枯れ、または緑であり続ける。そして、変温動物は冬眠に入るか死に、恒温動物は入るものもいれば入らないものもいて、死ぬ。‬

‪ジャンキーは夏に毛皮を来て毛布にくるまり焚き火をする者もいる。常夏の世界に住む者もいれば、少しの春と夏を迎えたあと、吹雪によって世界から隔離される世界に住む者もいる。‬

‪そんな世界たちがあることは想像できる。しかしながら、今、ぼくの住んでいる世界が冬になることを信じきれないぼくがいる。‬

‪季節は勝手に過ぎるだろう。秋にはみんなコーデュロイを履くだろうよ。トレンチコートは着ないだろうな。今年は畝の太いコーデュロイが欲しいなあなんて、別に思っていないし、買う予定もない。‬

‪秋が好きである。なんだかいい感じなのだ、秋は。肌寒いけどコートは未だいらない。どんぐりが落ちている。そういえば、おととい、どんぐりを拾った。上品なツヤのあるどんぐりである。とてもいい気になった。‬

‪そうか。わかったぞ。都会にはどんぐり以外拾うものがないから秋が好きなのかもしれない。‬

‪続く‬