想い断つ

あらゆるものがここへ来る。

想いを断つ、だれかの思い出が染みついたものを手離す。銭が理由か、ゴミか、おわりへ向けて歩むのか。わたしは払う人。想いを払い、銭という呪具を利用して、人間とものとの繋がりを断絶せしめるもの。いともかんたんに。

泪を溜めた老婆のそれはカシミアだった。或いはワニ革、或いはなんだったか。何れにせよ、老婆は泪を溜め、わたしを見た。ああ、その目に見覚えがあるぞ。いつか、だれか、のために。なによりわたしのために。なにもかも捨てられない、思い出に拘束されたものが宿す泪。

握った手は離さない。蛸足のように血脈を唸らせ、一度結ばれた族を監禁せしめる、所有の手八本。関係を永続的に結び続けようとする強欲で哀しい人間の性。四十本の指は四十人を愛撫しつづける。

死にゃあ化ける生きた屍。手にする屍、抱いて飛ぶ空はさぞ哀しかろう。思い出す、愛の呪い。鈍(のろ)い身体、夢のなかで。もがくも鈍(にぶ)く、銃弾でさえ、止まってみえる、あの鈍い世界で。老婆は死に切れない。

聡明さを欠いた狐、のような瞳に。身体の限界を超えた人間の欲望が哀しみのあまり穂を垂れるのをわたしはみた。愛の呪い。愛の重力はシーレのように身体を骨ばらせ、身体を磔にする。十字架に打たれた釘、縛められた縄は、記録でない記憶において捏造されたキャンバス。

この哀れなるものに信仰を。重い出を明け渡すトロール人形を。どうかどうか慰めを。炎に焚べられるまえに。身体をすっからかんにできる魔法の言葉が般若心経であったなら!