重ね歌

電車。帰りの電車でグッタリしていると、前の座席から歌声が起こった。よく聞くと男が新垣結衣のヘブンリーデイズを歌っている。目を閉じている。唇がてりてりしている。不意に笑ってしまった。男と目が重なった。でも、笑いが止まらない。なぜおれはヘブンリーデイズを口ずさまれているのだろうか。考えれば考えるほど笑けてくる。

怒られたら謝ろうと思った。喧嘩すれば片手で勝てるくらい陰気そうな男の子だったが、歌声を笑われたら誰だって怒るだろう。悪いのはおれである。とはいえ、彼はまるで怒る気配はないし、ふざけている様子もない。ただおれだけのために歌っているのではないかと思えるほど優しい目でこちらを見てくる。男の隣に立っている向かいの三人組はケラケラと笑いだした。にも関わらず、おれへ向けて歌うことをやめなかった。

今になって思うが、おれも歌で答えるべきだったのではないか。エグザイルのラバーズアゲインでも返せばよかった。短歌の返歌のようにトキメキを感じれたかもしれなかった。いや、返歌ではないな、重ね歌が正しい。