ネオスパ・住之江

ー配水管が詰まったらしい。部屋の下で水漏れがあるようだ。朝からおっちゃんたちがベランダのコンクリをはつっているー

友人からの誘いで、旅行へ行くこととなった。行き先も告げられず、ぼくは彼の後ろをついていった。夜に出かけるのはなんだかワクワクする。カブトムシを捕まえに行くような高揚感。

「ここってもしかして、、」

「住之江やで」

ぼくは西成に住んでいる。そこから住之江まで、チャリで20分足らず、電車に乗れば数分で着く。なぜ住之江なのだろう。とはいえ、ぼくの心は高鳴っている。近いから行きそびれていたネオ・スパ住之江の真っ赤なスポットライトのせいだ。グアムのPICホテルのような開放感がある。

ぼくらは信号のように拡声器が配置されている丸い革命広場を横切り、向かいのホテルへ向かった。部屋へ行くと、清掃道具が散らばっており、布団の上にモップやらチリトリ何かが置かれている。頭に血が上りやすい、ぼくは一人ブチギレて叫び始めた。白い作業服を着たおばちゃんがぼくの声を聞きつけたのか、部屋に入ってきた。

「またか。またやらかしてるな、これ」

「え?また?」

「ごめんなあ〜すぐに片付けますから、お風呂にでも行ってゆっくり疲れを癒してきてくださいね。キレイにしておきますから」と疲れた笑顔を僕らに向けて、そそくさと片付けを始めたので、友人とぼくは言われた通り、お風呂へ行くことにした。確かにそれ以外は選択肢がなさそうだ。

住之江はいつのまにやらリゾート地とか化していた。グアムのようでもあり、ヨーロッパのようでもあり、ネオ・スパ住之江はその象徴のような娯楽施設だった。夢から覚めるや否や、もう一度眠りについた。夢の世界に戻ると、夢はさっきよりも時が進んでいた。ぼくは空白を弄るようにして、一体何があったのか思い出そうとしている。何かがあった。さっきとは異なる何かがあった。しかし、何かがあった時には、ぼくはそこにいなかった。思い出す?一体何を。友人が見当たらない。

赤いスポットライトに照らされた踊り場に屈み込み、ぼくは初めて付き合った女と話に耽っている。

「上には上がいるの。ほら、この子の写真を見て」女はぼくにスマホを差し出す。画面にはロングヘアの女がトロフィーを抱えて笑っていた。

「美容の世界も激戦区よ」ぼくは、適当に相槌を打った。スパ住之江の雰囲気のせいか、ロマンチックなムードが漂う。赤い光は彼女をより美しくエキゾチックに見せたし、思い出を話すには十分すぎる哀愁と危うさを演習していた。

彼女は、まるで演者のように、ぼくらがなぜ上手くいかなかったのかを話し始めた。肉厚な唇がぼくに何かを問いかける。

また目が覚めた。再び眠りに着いた。

夢はもっと先に進んでいた。あれから三日の時が経っているとキキちゃんは言う。三日の間、どうやら、ぼくは音信不通だったらしい。キキちゃんの仕草や声のトーンから、ぼくは浮気した様子だった。涙は枯れて呆れた、キキちゃんの声は乾いていて、それでもどこか温かみがあった。

「目が覚めたら、三日経ってたわけやねん。だから、三日間何していたか説明しろって言われても俺にはわからん。何してたのか分からん。たぶん、キキちゃんの方がおれより知ってるはずやろう。だって、おれは別の世界におったわけやしな。」

この世界、ぼくが浮気した世界で、それについて何の記憶も持たないぼくに如何なる責任があるのかはわからない。それでも、三日間の苦悶

を強いられたキキちゃんを見ると、何かしら苛まれるものがある。

キキちゃんの口から一緒に旅行をしていたはずの友人の名前が出た。ぼくは少し安心した。友人はスパ・住之江で何かしらの事件に巻き込まれたのだ。その事件は既に解決しているとキキちゃんは言う。友人は、ぼくとは別の仕方で、問題を切り抜け、ぼくの安否をキキちゃんに報告していた様子だった。

広場の拡声器、赤い光、グアム、そして、ネオスパ・住之江。ぼくの中で、ある情景が結ばれていた。肩にレザーパッド、手にはナイフ、シルバーの膝当て。ぼくは何かと戦った。やるせない、仕方ない。あてにならない記憶が革命広場を走り抜ける。