毛皮の生えた無機物

鉄アレイに毛皮なんて生える訳がない。ヒト科は苔を毛皮と認めないだろう。錆も然り。むかし、私は緑の男という人物について長い文章を書いたことがある。彼は下顎より上がない塑像の顔について悩み果てるうちに全身が苔むしてしまった。彼は自分の作ったものを完成させたかった。それには顔が必要だと考えていた。彼の身体にはいつからか、サワガニの群れが潜み始めた。彼のルーティンは毎朝、サワガニの餌を求めて狩に出ること。それ以外は錆びたパイプ椅子に座りながら穏やかな川の中心に据えられた自分の顔のない作品を眺めている。

サワガニが餌を食い散らかした後に、餌は腐り蠅がたかる。その蠅を喰らいに、どでかいカエルがやってきて、パチンチパチンとそれらをペロッと食う。そこに、今度はカワセミがやってきて、カエルを八つ裂きにする。緑の男は風に揺れる猫じゃらしのように微笑む。その様子を見た男は残酷劇だと思った。

いっそのこと書き直してみようか、と思っている。頭の中でその物語がずっと鳴っているのだ。あれを書いたことにより、物語るとき言葉がすらすらと出てくるようになった。別に新しい物語をまた作る必要はないだろう。同じ物語りを何重にも一から書き直して、反復しながら少しずつ回転していく。今度は縦書きで。ベケットの何度水たまりにはまろうが、同じ水たまりはないのだ。という語が前よりもよく理解できる。