村人A

むかしの話になるけど、富山の立山で働いていたことがあった。標高2000メートルの平原のホテル勤めで、休みの日は市街へ下山する。一泊して始発で山に戻り、ランチタイムに出勤。バスに乗ってロープウェイに乗って、ちんちん電車に乗って3時間くらいかな?市街からホテルまで何せ遠いのに二連休が無い。歓楽街を彷徨ったあと、安いビジネスホテルに泊まって帰る。ある日、渋さ知らズ不破大輔が富山に来るってので街が騒がしかった。チェロとコンテのライブやるとか何とかで、例外に漏れず私も参加した。ライブの前にビール飲んでふらふらしてると、メガネで長髪で前歯の欠けた男に話しかけられた。その男は自分のことを富山のキング-王様-と名乗った。「だから、おれはキングで、きみは、うーん、そうだなあ、村人Aってところかな?わかるかな?村人Aくん」とキングに唐突に言い放たれ私は、村人っちゅうか旅人やろと伝家の宝刀のツッコミを忘れるくらい鬱期だったので村人Aとして振舞うことにした。どれだけ富山が他の街より優れているか、いやあきみにはわかんないだろなあ、村人A君だから。はははみたいな会話を小1時間した。ライブ開演。キングは一発決めに外へ。ダンスもチェロも好きではないけど嫌いでもない。ただわかったような面をして眺めてるだけの観客は好きではない。ほとんどの人間は音楽を分かってないし、ダンスを分かってない。意味不明なものを眺めるのが鑑賞だと思っている。演者と客、『と』の間には無限の隔たりがあると信じきっている客は、狂気と正気が混在することが分からない。こうゆう奴よりキングの方がよっぽどマシだと思いながら、頻尿なのでトイレに二回行った。二回とも200%私より喧嘩が弱そうな群れに呆れた視線を投げかけられた。これがアンビエントじゃ、環境音楽じゃ!ライブにノイズなかったらライブの意味ないやろ、CD聴いとけやゴミどもがあああ!と鬱気味でなかったら叫んでたろうが、そんな元気はなかったのである。諸手を挙げてナチスは深いとか言い出しそうな目だった。見られると萎える。ただでさえ人生に萎えてるのに、余計に萎えてくる。まあそこには音楽があったので目を閉じるか、ダンスを観てればいいだけの話なのだが。ライブの後、キングに話しかけられた。「良かったっすよ」「いやあ、村人Aくんには分かんないでしょ!おれなんかビンビン来たよ」不破大輔が階段から降りてくる。「不破さん!!ライブすっげえ良かったっす!おれパーカッションやってんすけど、今度一緒にライブどうっすか??」キングが叫んだ。「パーカッションねえ、また機会があれば」不破大輔は満面の笑みのままバンの中へ消えた。「村人Aくん、見てた?おれ不破さん誘っちゃったよ。勉強になったっしょ?ああやって顔を売んだよ」キングは誇らしそうな顔つきになった。「ああ!そうやるんですね」「そうやるんですねえ、じゃなくて、村人Aくん。普通、ああやって誘えねえんだよ。不破大輔だよ?」キングは首を二回振ってコンビニへ消え、ビールを二本買ってきた。それからまた1時間、おれの作ってる服は東京のデザイナーから注目されてるんだ、村人Aくんが見てもわかんねえだろうけどとか、なんなの話をした。学んだことがある。①いくら富山でも手抜きをすると村人Aにされてしまうということ。②村人Aにならないと見えない景色があるということ。ぼぼ6年間ファッションを絶っていた。ファッションは家を前提としているから家のない人間には縁のない話だ。ただ服は皮膚でさあれば良いのだから、世捨て人にとって。②普段、私は人殺しのような前のめりの姿勢で歩いているか、葉っぱを触ったりナウシカみたいな状態で歩いている。そういう時はカテゴライズされるから村人Aとして扱われない。