祈り

「頼む。そうし、起きてくれ。頼む、起きてくれ」

夢の膜が張られた鼓膜越しにすがるような声が聞こえてくる。茫然としていた意識に血が通い始める。神に祈るような声色だった。どうやら、私は飲み潰れていたらしい。意識を取り戻して初めに見た光景は知人の半泣きの顔。横を見るとカラオケの店員が不機嫌そうに壁を睨んでいた。そう、私たちはカラオケにいる。早朝の、フリータイム終わりの。私たち以外には誰もいない。友人は財布を持ってきていなかった、一緒に遊んでいた女には逃げられた様子だった。無銭飲食で警察に呼ばれる直前だった。48食らって執行猶予中の友人はあらゆる友人に電話をかけまくっていた、私はその横でゲロを吐きながらくたばっていた。警察来たら今度こそお陀仏である。早朝なので誰も電話に出るわけがない。頼みの綱は、ボロ雑巾みたいになった私だけだった。

「頼む。そうし、起きてくれ。頼む、起きてくれ」

決して大きい声ではなかった。どちらかと言えば独り言であり、願いであり、囁くのではなく、魂での会話を信じているかのような力強い声だった。1時間くらい私に声をかけ続けた。その間、店員は警察呼びますと何回も叫んでいたらしい。あの声は祈りだったんじゃないかと今日何となく思った。