月みたいな顔しやがって

「おい!月みたいな顔しやがって、クレーター増やすぞコラ」と言って友人はアバタだらけの友人に飛び蹴りをした。履いていたスニーカーはエアフォース1の白。キックは見事顔面に命中し、ガードレールへよろける。その後に腹に一発入れると「おい、月、二度と話しかけてくんな。わかったか?」と拳で月を殴った。

月とはパソコン部のチームメイト、しかも主将。成績はよくないのに偏差値65の高校を目指していた。将来の夢は総理大臣らしく当面の目標は生徒会長だった。よく校門の前で上級生の不良にタバコを止めるよう注意していた。その姿を見て、あいつはやばいと友人たちは言っていたが、正義のために何でも出来る、そう信じてミッターが外れる類の人間がこの世の中にはいて、月もその類の人間だと私は感じていたから気持ち悪さを感じていた。後ろ盾のある正しさは気持ち悪い。タバコがなぜダメなのか、月は真剣に考えたことなどないだろう。考えて明快になることなどほとんどない。考えれば考えるほど物事がいかに恣意的か、頭も足もカオスに絡まってスッキリしない。月はきっとこういったことを考えないタイプの人間なんだろう。周囲の反応が知らず知らずの内に自分を形作って、そこにアイデンティティを見出す傀儡のような人間。中身は何もない。ピカピカに光った正義の玉を見せて、だれが褒めてくれるのか。考えれば分かる、教師、親、周囲の成人、挙げれば挙げるほどろくな奴がいない。こんなろくでもない奴らに褒められることが嬉しいなんて馬鹿げている。ルールには外側があり、外側にはルールがない。月はそれを知らなかった。

中学3年生になり、いよいよ月は生徒会長になる。対抗馬はほとんどいない。ホームルームで月が生徒会長に候補した瞬間、私は手を挙げて俺が応援演説やったるわと言っていた。月はこちらに駆け寄り、ありがとうと手を握ってきた。クラス中が爆笑する中で月だけが爛々とした目で、まるで共闘する友へ暑い眼差しを送るようにこちらを見た。私は目立ちたかったし、おもろいからやろうとしてるだけだった。褒められる言われもなければ、ふざける気もない。真面目なふりをしながらふざけたことを言って最後は適当にいい事言うて締めれば問題ない。教師は私が本当は腹の中でどんなことを考えているかに興味がない。振る舞い、実直さを見たいだけだ。熱い友情、不思議な友情を認めようとするかもしれない。でも、そんな感情は一切ない。露ほどにもない。自分が殺してしまったバッタ、ヤモリの方がよっぽど親近感が湧く。私は何も考えず、爆笑と拍手に迎えられ、応援演説を始めた。小指で月を差しながらテキトーなことを喋る。ウケまくる。最後は真面目なテンションで締める。ほら、だれが気づける?人生で一ミリたりとも月のことなど考えたことがない。そんなことを教師に言うと照れんなってと言われ、生徒指導室に呼び出される度に応援演説の話をされる。お前はそんな人間じゃないやろうと何度も言われた。寒気がし、怒りなどはない。諦め、抵抗しない。言い訳もしない。淡々と「イキッてたので花壇の花を引き抜き、自転車を川へ捨てました。それから家の壁を何度か蹴って、その花壇を家に投げつけました。イキってたので。家族の人には謝りたいと思うし、やりすぎたと思います。でもイキってたんです。友達が腹殴られてるのも見たし、直接イキってたらしばくぞ、と言ったんですが無視したんで」

月が校門の前に立っている。友人が腹立ち紛れにタバコを咥えた。月が向かってくる。月が吠える。「おい!月みたいな顔しやがって、クレーター増やすぞコラ」と友人は吠え返し、タバコを咥えたまま走り出した。