むかしのこと

ぼくには相方がいた。思い出話になってしまったが、何かを作ろうとしていた。その時は未だ革命は可能だと思っていた反面、無理であることはわかってた。実際、革命は至る所で起きている。勝手に社会を捻じ曲げて勝手に生きている勝手なひとたちのことである。革命は実はかなり単位が小さい。大きなことではないのだ。どちらもそれは分かっていた、勝手に楽しく生きるために何やら世界へ仕掛けようとしていたのだ。楽しくとは消費のことではない、いいものを買っていいものを食ってではなくて、勝手に生きるということだ。消費のサイクルと人間が切断されることはないので、なにも社会と断絶しようとしていたわけではない。ぼくたちはサーファーになりたかった。たくさんある消費の歯車になるのではなくて、あらゆる歯車を好きなようにサーフィンしたかったのである。まあ横断したかったのだ。記号を。

これはあのユーチューバーの話ではないので、被せないでくださいね。

ぼよく彼との差異について考えていた。ぼくは就職したが、彼は未だ元気に何かをやっているだろう。就職したときには泣きながら報告したのを憶えている。彼との差異は何なのだろう、就職っていう選択肢があるか否かとじゃなく、根本的な性質的な差異について、当時よく考えた。何かが根本的に合わなかった。センスと言われればそこまでだが、その言葉には余白が残りすぎる。で、あれから一年経った今、それが何だったのかわかったのだ。

今日、久しぶりに雑誌を買ってみた。消費を促す本である。歯車の潤滑油といってもおかしくないし、まあぼくは雑誌が嫌いなのだ。一定のサイクルに飲み込もうとする、現行消費社会の使いみたいな気がして。だから雑誌を読む時は、だいたいコラムの流れと構成しか見なかった。

ある時、相方に『女の子の気持ちになって本読むの大事やと思わへん?』と聞かれたことがあった。『あんな腐った潤滑油読んでる奴の気持ちなんかどうでもよい』みたいなことを返したと思う。

ふと雑誌を眺めていると、そんな会話を思い出した。ぼくはハッとしたのである。ドゥルーズの概念に生成変化というものがある。要は真似をするのではなくて、『それになれ(to be)』という概念である。例えば、犬のモノマネやコスプレをするのではなくて犬になるのだ。有限性の問題で、本当に犬になれるわけではない。わたしたちは人間であるから、この身体で犬になるということ。まあ、なぜドゥルーズがそんな概念を提唱したのかについては、さきほど説明した勝手に生きるためである。勝手に生きるためには生成変化が必要と、まあざっくり言えばそうなる。ざっくりしすぎてるけど、まあいいか。話を戻す。

ぼくは雑誌の技術を見ようとする。単純にサイクルに飲まれるのが嫌だったのだろう。彼は雑誌を楽しもうとする。その雑誌が好きな女の子にならうとする。彼は生成変化の話をしていたのだろう。その時もそれには既に気づいていたので生成変化について話したのを憶えている。

当時のぼくは、あらゆる可能性を切っていた。関心のないことは切っていた。だから人付き合いはあまりしなかった。で、それとは対照的に彼は色々な交際関係があった。彼はよく『おれにコードを飛ばして使ってくれたらいいよ』と言っていた。ここでまたドゥルーズの登場。ある哲学者はドゥルーズには二つの顔があると言っていた。接続と断絶である。ドゥルーズはこの『と(and)』の哲学者であるので、二つの顔があるのは当然のことなのだが、ある哲学者はドゥルーズ哲学は接続の思考として片付けられがちだが、実は断絶の顔もありますよというのを伝えるために書いたとのこと。また話を戻す。

ぼくは断絶の人間である。興味のないことは切る。興味のあることは潜る。読書の仕方も憑依型である。もう分かっていると思うけど、彼は接続の人間だった。

ある時、彼は路上でカイロを配ると言い出した。ぼくは猛烈に反対した。そんな当てこすったようなことしたくなかった。彼はコミュニティを作りたがった。ぼくはいいものを作りたかった。誰かに理解されなくとも、誰かに見せる必要すらないと感じることもあった。彼にとって作品は幅広い意味でコミュニケーションだった。ぼくにとって作品は狭い意味でコミュニケーションだった。作品の提示は、人と繋がるためだった。作品の提示は、人を近寄らせないためだった。ぼくは二人でよかった。殺したい奴が山ほどいたから、繋がりたいというよりも殺したくて仕方なかった。

結果論でしかないが、接続の人間と断絶の人間のいい関係を作れなかった。空はいつも怒りで満ちて、瞬きすれば血が流れそうなくらいの、どうにもならない閉塞感が漂っていたぼくにドゥルーズを教えてくれたのは彼だった。死んでいないのは、哲学を知ったからです。ありがとう。

では、いい感じなので最後に数年前に書いた自分の詩でお別れしましょう

「蟹と歯茎」

かにあぶく はきだし みあげた空から 降るいかずち あぶくにうつる まだらの余生 こけむす甲羅 地にあずけ みどりいろ 苔のなか しずかな河べ もうろくしとりまった わかめで こさえた汁 がっぱがぱ のんどりまった 歯茎のあっかところ しみまった シガレット かに あわいあぶく ゆめのように はきだし はじけるった ぱんぱんならず はじける せかい みつめる はぐきの あっかところ しみまった