ノックの音

若めでルサンチマンな行商みたいな奴がアメジストが生えてるサザエ持ってきてソイツの歯の数を数えめた。「ほら、1本、2本、3本、それから」13本あった。ほら?と言われ、一応頷いたが、本物かどうかなんてわからないし、そもそもモノが何かもわからない。申し訳無いですがお客様にご納得して頂ける金額は恐らく出せないかと思います。男は溜息をついて続け様に地面に膝丈くらいまで積んだ小山から古そうな、見たことのない不思議なものを私のところ差し出して説明を始める。外はすこぶる寒かった

そんな中、うちの店舗は停電ときたもんだ。溜まったもんじゃなかった。みんな、仕事をほっぽり出してカウンター内の炬燵の周りで眠っていた。窓から鉄藍の空にちらつく雪が見えた。店長が今日は閉店にしようと言った。まだ五時を過ぎたばかりだと言うのに外はほの暗く青く、私たちは帰ろうとしている。スタッフは白くなった息の玉を数えながらなかなか起き上がろうとしなかった。

そういえばさっき、店の中に住む家族連れの玄関に電動歯ブラシで磨いても外れない黄金のインプラントの別注品をパクった。おれの穴の空いた奥歯に差してみるとしっくり言った。ギイと玄関の開く音が聞こえる。若そうな父親と3歳くらいの息子が面をだして、父親の方が私の顔を見てニヤついている。私はしまったと思った。以前から、この父親はリサイクルショップを物乞いとでも思っているかのような節があって、私を見る目はいつも卑しい者を見るような目で、今日も半笑いを浮かべ独り言を言っていた。嗚呼独り言!宛先不明の、たしかに聞こえる悪意の声、そして顔。

他の隣人はまだ憐みがある。店長は私たちにこの前の店長会議で行った各店舗のPR動画を見ようと言い出した。どれも凡庸なもの、ウェディングで流れるPVくらいどうしようもなく素人臭く、凡庸でつまらなかった。中でも、店舗名は憶えていないが、アナブキが所属している店舗は最低で高校の学祭くらい品がないコスチュームもどきで走り回り、最期には特攻服やら何やらを着飾ったスタッフが50ccの原付を乗り回す。恐らく地面にスマホを置いて撮影したのだろう、ワンコマで地面の塩梅と空の塩梅が悪い画面構成の中で派手だけど中途半端。でも、ニケツでノーヘルで酒と煙草を片手に運転している女が6人が一瞬、縞縞柄の横断歩道に停車集い「わたしたちレディース」です。と叫び、画面からフェードアウトする。うちのスタッフはゲラゲラ笑っていたが何が面白いのかわからなかった。

その時だ、ノックの音が聞こえる。恐らく客だ。音で分かる。買いに来た客か、売りに来た客か、ソイツがたてる音を聞けばすぐにわかるよ。案の定、扉を開けば男が二つの掌のうえに給食によくある平たいアルミの盆をのせて、その上に口の中にピンクのアメジストが群生しているサザエが沢山。美しさよりも怠惰と癖で断ろうとした。男は下にもあると矢継ぎ早にまくして、私たちは雪の浅くかぶったモルタルの階段を降りて、山の方へ向けて歩いてった。山と地面の隙間には雪があるはずだった。