宇多田ヒカル

ミラーが映し出す幻を気にしながら

いつの間にか速度上げてるのさ

どこへ行ってもいいと言われると

半端な願望には標識も全部灰色だ

炎の揺らめき 今宵も夢を描く

あなたの筆先 渇いていませんか

青い空が見えぬなら青い傘広げて

いいじゃないか キャンバスは君のもの

白い旗はあきらめた時にだけかざすの

今は真っ赤に 誘う闘牛士のように

カラーも色褪せる蛍光灯の下

白黒のチェスボードの上で君に出会った

僕らは一時 迷いながら寄り添って

あれから一月 憶えていますか

オレンジ色の夕日を隣で見てるだけで

よかったのにな 口は災いの元

黒い服は死者に祈る時にだけ着るの

わざと真っ赤に残したルージュの痕

もう自分には夢の無い絵しか描けないと言うなら

塗り潰してよ キャンバスを何度でも

白い旗はあきらめた時にだけかざすの

今の私はあなたの知らない色

作詞、宇多田ヒカル。なんだこの歌詞は。こんなにまざまざと色を感じる歌詞はないし、こんなに激励されているのに、『今の私はあなたの知らない色』と締め括られる。とんでもない歌詞だ。

『あなたの筆先乾いていませんか』

『青い空が見えぬなら青い傘広げて』

『白い旗はあきらめたときにだけかざすの』

『黒い服は死者に祈るときにだけ着るの』

パンチラインがえげつない。白黒にアカが鮮明に映える。眩しいくらい。震えるくらいかっこよくて切ない。すごく母性的な歌詞だけど、最後には突き放される。『今の私はあなたの知らない色』ってすごくニヒルな表現だけど、全然ニヒルに聞こえない、哀しみに溢れている。相手を想っている。

ミラーの幻を気にするあまり、スピードを上げてしまい、全てが灰色のグラデーションに染まっていく。それについて宇多田ヒカルは否定しない。何度でも白いキャンバスを塗り潰せばいいと肯定する。

まるでこの歌は、幻を気にするあまり自分のペースでモノを作れなくなった恋人へ捧げているような歌詞だ。この幻というのは、宇多田ヒカル自身の名誉の高騰かもしれないし、本人の名誉の高騰かもしれない。何れにせよ、人気、他人の期待を幻と言い切る様は一線を画している。凡人ならなぜ幻なのかという説明から入り、人気=幻をサビに持ってくる。でも宇多田ヒカルは違う。いきなりそれを幻だと一言で切り捨てる。

幻に追われ、全てが黒から白へのグラデーションの間に身を置いてしまっている相手の服装はどんどんと黒くなっていく。この比喩(事実)は確信的で堕ちていく相手の姿をまざまざと目にした宇多田ヒカルの哀しみ『黒い服は死者に祈る時にだけ着るの』。それから、何度でもキャンバスを塗り潰せばいいから、作り続けろ(生きてほしい)と宇多田ヒカルはメッセージを綴る。

なんやねん、この歌詞。で、最後は真っ黒なあなたには知り得ない色になった私。で括る。レイヤーが違うということやんなあ。白から黒のグラデーションにいる人間が別の色のグラデーションを知ることは出来ないから。白から黒って直線的でその先には暗闇しかない。だから、そこへ突き進むのではなくて別のグラデーションにワープして欲しい、そのために作り続けてよと。なんて歌詞や。これ贈られた相手が余計に瀕死になるんじゃないかってくらい天才的