イギリス人はやさしくない

ebayでイギリス人からモノを買うことが多い。住所を複数登録しているからたまに別のアドレスを間違えて送ってしまうことがある。購入してしまうと、オフィシャルでは住所変更が出来ないので、出品者とコンタクトを取って、こっちのアドレスに送ってくれと連絡を入れる。まあ連絡を入れたところで、変更してくれた試しはないのだが、念のために連絡しておく。

こいつらは本当に適当で「オッケーわかったぜ」とか言いながら平気な顔で住所変更を無視するし、リプライが返ってこないことも稀である。それに返信内容がかなりショートで冷たいからイラッとする。

ぼくが遭遇してきたイギリス人はニヒルな奴が多かった。唯一友達になれたのはティムくらいなもので、ティムは東洋思想にどっぷり蝕まれ、瞑想ばかりしている典型的なヒッピーだった。よくポケットからティッシュに包んだビスケットを取り出し、分けてくれた。ぼくもお返しに何かをあげようとするのだけど、彼はいつも要らないと言うのである。サモアの人とかアフリカの人の間では、贈与と返礼は当たり前のことだったけど、彼らは自分にとって不要なものに対してはえげつないノーを叩きつけてくる。初対面の時はそれがなおさらきつい。

クソみたいな天気の話を小一時間してくるわりに、ぼくのズリのガーリック炒めは全く食べようとしない。おれはお前のポケットに入って湿気った小麦の塊を食ってやってるのにも関わらずだ。要らないって言うてるのにホワイちゃうねん、要らんねん。でも喋るのも億劫すぎて食べてまう敗北感。

あのケベック出身のスケーターなんかは矢鱈とチョムスキーについて語ったあと、おれのタバコをアホみたいに巻き出してお前何本巻くねんとぼくが突っ込むまで巻き続けた。ドッキリかと思った。

アントンとかいうシャブ中は川向かいに住んでいるホームレスで、おれとキムが焚き火してる森によく遊びに来た。いつもぼくらが飯食ったあとに、どこで盗んできたのかも分からないカップ麺を携えてやってくる。飯食ったと幾ら言っても、おまえら腹減ったやろ。カップ麺持ってきたから食べよやと言ってくる。単純に彼は熱湯と友達が欲しかっただけである。彼はマオリと白人のハーフで身体がアホみたい大きかった。キムはスタイリッシュな黒人だったし、ぼくはがりがりのイエローモンキーだったので勝てる要素がゼロだった。それにも増して、アントンはシャブ中だったから、英語もクラッシュしていて目の周りにはいつもクマができていた。アントンには畏怖の念しか抱かなかった。

あの日もアントンは真夜中に現れた。どんどんとキムがおれのテントを叩く音で目を覚ます。いつにも増してキムが慌てていて、いつまで寝ているんだ、このストゥーピッドめと言ってきた。キムは普段こんな言葉遣いをしない。余程、アントンと二人でいたくないらしかった。キムは火の残っているデカイ薪に細かい木を残してせっせっと火を焚いていた。炎が次第に大きくなっていく。真冬に見る焚き火ほど胸を焦がすものはない。ぼくは数時間前に見たはずの焚き火を見ながら再び感動していた。アントンは訳の分からない英語で話しかけてきたが、アハとンフだけで貫いた。

然るに鍋の水が沸騰した。キムが食べたくもないカップラーメン三つに湯を注いだ。一分も経たない内にアントンが麺をピチャピチャ食べ出した。そのとき、焚き火一層大きくなり、アントンの姿が見えた。わたしたちは絶句した。真冬に外で暮らしている人間が、金も持っていないシャブ中の人間がスキンヘッドになっていたのである。まさにハウandホワイ。

「ア、ア、ア、アントンスッキリしたね。」キムがあんなに言葉を詰まらせているのは初めての光景だった。本当に異様な光景である。せやろ?リフレッシュしたかってん。おい、キム!おれの頭を触れ。ありがとう、でも遠慮します。いいから!触れ!幸運になれるぞ!とアントン言い負かされてキムは渋々アントンの頭を撫でた。

「マサシ!マサシ!おまえも触れ!」勿論、ぼくはマサシではない。でも、アントンは毎度マサシとかスシシとか、ぼくの名前っぽいようなニュアンスの名前でぼくに呼びかけるのである。それで、キムもさっきまでソウシと呼んでいたのにいきなりマサシと呼び始める。ぼくは拒否した。でも、あまりのひつこさとキムの哀願するようなマサシという呼びかけに辛くなってきて頭を撫でざるを得なくなった。

おまえにもいいことがきっとあるよ。もう一回触るか?と言われたのでもう一回触るとグッドラックと満面の笑みで言われた。アントンと会ったのはそれが最期である。