妖のたぐい

おれには妖が足りてなかったんじゃないか。神秘的でミステリアスでただの謎ではなくそのまんま妖が。紛れもなくそれが足りず、妖がない俺様は俺様でないのではないか。俺様ほど妖であった試しはないんじゃないか。夜道を歩きながら坂本慎太郎ゆら帝に耳をそば立てながらニヤニヤ笑い始める。家に帰るだけの道がファニーでナードになってくる。その愉しさを忘れていたのではないか。積年の怨みのような過去を思い出してばかりで、ニヤつくことを忘れていたような、家に着けばエックスビデオを見てコンビニの弁当を食べて、アニメを3時まで観て、明日のスタイリングを決めて、その間は過去の怨霊にさらわれて、夜道で声を上げていた。妖の存在を忘れていたし気づかなかった。思えば、坂本慎太郎を忘れたような三年だった。

最後に聴いたのは7年前か9年前、場所は新世界の飲み屋。隣の人が今日知り合ったばかりの男に金を借りて、飛田へ出かけて行った。その男が店主に「どんな音楽好きなん?」と。「やっぱゆら帝っすかね」「今、かかってんの坂本慎太郎のソロやで。ソロでもやっぱめっちゃええなあ」その時に耳にして以来、坂本慎太郎を聴いていなかった。そもそもあんまり聴いたことがない。で、すっきりした顔をした男が帰ってきた。「よかったすわ〜」と。その時、おれの頭の中には、黄色い背景に坂本慎太郎の顔とその両脇にゆで卵。ゆで卵はゆっくり回転していた。大瓶のビールをラッパ飲みしていた、ぬるくなって不味くなって寝転がって、ぼんやり迎えのシャッターを眺めていた