死せる魂よ想像せよ

中野ブロードウェイ2階。その階の整体。受付から血行の良さそうな肌の中国人女性が手招きしている。優しい声色。一度は通り過ぎて隙間を探す。喫煙するためのスペース。わずかな隙間で良い。ビルの隙間であれなんであれ、メインストリートから編み目のように張り巡らされた道の避けた所、行き止まりでも構わない。喫煙をするために、深呼吸をするために、グレーゾーンを探せど見つからない。心臓の血液が毛細血管にまで行き渡るかのように、人が小道に流れてくる。住民が邪魔をする。私と同じように彷徨う人間の姿を見た。目が血走っている。私は次の息継ぎまで余力があったので、喫煙スペースを設けているかもしれない商業施設に狙いを定める。一件目ヒット。セガのゲーセン。颯爽と便器に座ってクソを清まし、バルコニーに躍り出てアメリカンスピリット3mgオレンジに火をつける。歳が経つにつれ、タールの量を減らす奴のことを馬鹿にしていたが、自分も結局タールを下げた。タールを軽くしたからと言って別に身体が楽になるわけでもなし、いつも身体はだるいし、柑橘系のドリンクとの飲み合わせも悪い。ただタール重めの煙草を吸うととてつもなく肺が重くなったような気がする。向こう20分のやる気を削ぎ落とされたような心地がする。だるいを超えてしんどい。

ゲーセンとタバコ。昭和のゲーセンと令和のゲーセン。

一人喫煙者が増えた。私を見るや距離をとる。セルフソーシャルディスタンスなのか、緑のジャケットに青色のパンツの奴が嫌いなのかは分からないが、東京の奴はセルフィストが多かった。同じ日本なんだろうか、と思うことが多々あった。東京ほど特異な街はないような気がする。ゾーニングが完璧な地域、粋な下町、オタクサブカルの聖地、色んな処へ行ったがどれもおもしろく、どれも都会で大阪ほどじろじろ人を見てくることもなく、あんまり人とも目が合わない。

中野ブロードウェイ2階に戻る。1時間コースを頼んだ。ベッドにうつ伏せで転がされる。耳に優しい声が聞こえる。首下を親指で乱打される。ウッと声がでる。痛いですと言う。ごめんねえ、痛かったねえ。と言われるも圧は変わらない。手を恋人繋ぎにして、手羽先を外すように肩甲骨を回される。可動域の限界まで回っているのを感じる。危うい軌道を描かれながら、逆の手で肩甲骨の下を弄られる。おれは一体何をされているのか。痛い、確かに痛い。でも嫌じゃない。まるで漁師が魚を捌くかのように施術されている。荒々しいが的確で身体の構造を把握している。頭に柔術という二文字が浮かび上がる。気がつけば女性は私の身体の上に膝立ちで上り、素股のように膝を震わせ押しつけている。お尻、太腿、背中を何度も往復した。立ちますね。女性は身体の上に立った。きっとカーテンレールよりも上に女性の顔があるはず。足の裏を震わせながら、全身をほぐしていく。一体何をされているのか。

胸のクッションと枕を重ね、再び俯け。身体がバフンバフンと波打っている。おれは一体何をされているのか。快感の領域が変容していくのを感じる。癒しとは全く異なるベクトルの快感。性行為におけるアナルの可能性のような、マッサージの可能性。解体という快楽。仰向けにされ、頭を襲う土砂降りの指10本。マッサージは攻撃なのか!指の連撃に身体が囚われ、解放感を覚えてくる。あーそうゆう本がおれは好きだ。目玉を圧される。優しさなどない。漁師がマグロの目玉を触るようにだ。所々に指圧を感じる。そんなところにツボがあるのか、いや、ツボという感触はない、快感はない。目玉を弄られているのだ。

起き上がると随分身体が軽くなったような気がした。

「タイマッサージだったんですね!すっごい感動しました!」

「タイじゃないよお!中国整体!」と女性は中国整体と書かれたポスターを指さした。

ああ、中国。ここに来ても中国。中華料理を食すことは闘いに近い。私の矮小な胃袋はいつも悲鳴をあげ、翌日には下痢になっている。中国、私をときめかせる中国の禍々しい、生々しい文化。