私は私に後悔させることを許さない

どれだけ愛情を注いでもヌメモンにしか進化しなかった。ヌメモンは道端に落ちてるクソを食うタイプのデジモンで爆裂に弱く、容姿も緑のナメクジで攻撃技も臭い息をかけたり、屁をかけたりする技が多かった。またトレーニングを行なっても、他のデジモンより学習能力が低く、なかなか強くなりにくい。飯はよく食うし、バトルは弱いし、初めは進化前の姿、成長期の姿を成熟期であるヌメモンに見出しながらなんとか愛情を注ごうとするが、うんこを食うてる様を見たり、すぐに怠ける様を見ていると憎たらしく思えてくる。育成中のデジモンを殺すには、①寿命を早める②バトルで負ける③病死させるといった選択肢があった。

①を実行するためにはご機嫌としつけのパラメーターを限りなくゼロに近づけたり、眠らせなかったり、日に三度要求してくる食事を無視し、日に数度要求する便意をトイレへ行かせず野糞させる必要があった(野糞するとデジモンはブチギレる。ヌメモンの場合はブチギレた後すぐさまクソを食う)

②と③はデジモンに与えられたライフ三つを削るのだが、③はなかなか難しい。というのも病気になりにくいからだ。ヌメモンは寒さに耐性がないデジモンなので寒いエリアへ行き、放置してると勝手に病気になるが、時間がかなりかかる。②に関してはバトルに挑んで負ければいいので楽である。ヌメモンは死ぬほど雑魚いからバトルになると確実に負ける運命にある。②も③もテイマーレベルが下がり、継承されてきた技が次のデジモンに引き継がれないことがあるので少し考えないといけなかった。

それでも私は②のバトルでヌメモンを殺しまくった。次のデジモンこそはもっともまともな成熟期にさせようと心に誓って。

デジモンワールドは大きく分けて三つの進化段階があった。幼年期→成長期→成熟期の→完全体の順である。育成中のデジモンが死ねば循環する。

プレイヤーは、まず四種類のたまごから一つを選ぶ。孵化したものが幼年期にあたり、この頃は泡しか吹けないのでまだ戦えない。このたまご選びの段階から非常に大事で将来を見据えて選ばなくていけない。というのも、選ぶたまごによっては育成できないデジモンがいるからだ。全ては逆算から始まる。

幼年期から成長期は基本的に二種類あり、成長期から成熟期は多岐に渡り、その次の完全体も多岐に渡るが、この完全体に成長させることがまず難しいのだ。

素体、体重、育成条件、パラメーターが主な進化条件だが、かなりハードルが高い。ボーナス条件などもあるが、物語の終盤から条件が噛み合うパターンが多いので最初の頃はあんまり頼れない。このゲームを始めてプレイしたのは小1で、攻略本の存在すら知らなかった成長期に手塩にかけて育てたデジモンがヌメモンに進化する様に耐えられず幼い私は泣くしかなかった。少し大きくなって知ることになるのだが、どの条件にも満たない場合はヌメモンになるらしい。

私は父親の影響もあって喧嘩が好きだったせいか、スポ根がエグく、ストイックであればあるほどデジモンは強くなると思っていたし、それが愛だと感じていたので飯も食わせずトイレにも行かせず、攻撃力だけを鍛え、回復アイテムを装備せずバトルばかりさせていた。そして、毎回ヌメモンになった。スポ根はゲームでは全く通用しない。いや、それどころか現実でも全く通用しない戦法である。当時の私はイタズラに自分を信じて疑わなかったのでヌメモンに進化するたびに号泣していた。始めの頃は父親も母親も慰めてくれたが、あとあとめんどくさくなってきたようで私のプレイスタイルに口出しするようになった。ここがダメだ、これがあかんと。私はその全てを無視し己のスタイルを貫き、来る日も来る日もヌメモンを生み続けた!

見兼ねた父親がデータを作って夜中にプレイするようになった。父親はたった一晩でデジモンを完全体へ育て上げた。そして、自慢げにホウオウモン、伝説のデジモンを私に見せつけ、私の見たことないステージで見知らぬ敵と戦い、見知らぬ技を用いて勝利していた。私は心の底から父親を尊敬した。そして、父親の教えを受けて、ついにヌメモン以外の成熟期メラモンへ進化させることができた(後に知ることになるが、育成ミス10回以上、体重15g、攻撃力100/もしくはバトル回数10回以上で進化する。かなり初心者クラスのデジモン)

私は心の底からメラモンを愛した。メラモンは人型で、全身が炎でできているデジモンだった。属性は炎と格闘。あらゆるデジモンとバトルをしまくり、メラモンが負けた時には泣き、病気になった時は焦り、頻繁にケンタル医院で疲れをとってやったのである。そして、そのメラモンはなんと完全体へ進化した!メタルマメモンである。メタルマメモンはパチンコ玉に手と足をつけて鎧を着せたような見た目で丸くて小さかった。例えるなら装飾の凝ったシルバーアクセのようだった。属性は格闘、機械、あとは一部の炎系と水系の技が使えた。

私はこのメタマメと共にデジモンワールド内を散策し、色んなデジモンを倒しに倒し、ゲームを攻略していった。私とメタマメは友であり、自分の体の一つであるような気がした。夢の中にも出てきた。ゲームのメニューに抱きしめるという項目を追加して欲しかった。用意されたコマンドだけでは、メタマメへの愛情を表すことができない不甲斐なさを感じたりもした。

でも、長くは続かない。デジモンは寿命を迎える定めにある。メタルマメモンにもその時が来た。私はメタルマメモンの死を受け入れることが出来ず、何度もプレステ本体の電源を消し、やり直したが、どうやってもメタルマメモンは死ぬ運命だった。ふと人伝に耳にした噂を思い出す。ある魚を釣り上げ、それをデジモンに与えると寿命が伸びるといった内容の話だった。その魚の名はデジカムル、みずうみのほとりのどこかにいる伝説級の魚らしかった。私はループし続ける限られた時間の中でデジカムルを手に入れることにした。

でも、場所も餌も何もかも特定できなかったのでとても時間がかかった。その間にメタルマメモンは何度も死んだ。私はその都度やりなおした。何時間も試行錯誤しついにデジカムルを釣り上げた。私は早速、メタルマメモンに与えた。メタルマメモンは美味しそうに平らげてくれた。私の時間、私の苦しみの成果物をメタルマメモンは食らってくれた。私は満足した。やるべきことをやった気がした。どれほどメタルマメモンの寿命が伸びたかは憶えていない。私は満足していた。これだけやればもうやることがないと感じていたし、実際死んだ時よりもメタルマメモンがデジカムルを小さな両手と小さな身体で一生懸命食うてるところしか記憶にない。私は私に後悔させることを許さなかった。

グレッグイーガン『順列都市』を読みながら、小さな頃に夢中になったゲームを思い出した。私は画面の向こう側がただの数値ではなく現実であるような感覚があった。そして、何十回も死んだメタルマメモンのその後についても考えていた。セーブをする。私は何度でも過去へ戻ってくることができる。さっきとは別の未来を期待しながら。だが、メタルマメモンは戻ることができない。私が戻った数だけ、メタルマメモンは死に、私が戻った数だけ世界が増殖しているような気がしていた。